迷子伝説
私の卒業した小学校には、地区別に色分けしたテープを名札に貼る習慣がある。たぶん何十年も経った現在も続いているだろう。この習慣の原因を作ったのは誰であろうこの私だ。
それは入学式終了後、母と一緒に帰る時に、
「先ずこの門を出て右に曲がるんだよ。」
と、道のりを確認しながら家路についた。
「明日からは自分で帰るんだからちゃんと覚えたかい?」
「うん、バッチリ!」
で、次の日の下校時、何のためらいもなく門を出て右に曲がり意気揚々と歩き出した。歩きながら、次の角を左に曲がると唱えながらずんずん歩く。歩く。
あれ、おかしいな。次の角はこんなに遠かったかな?辺りを見渡すと、見たことの無い景色。
「何で川沿いに来たんだろう、お家はどこ行っちゃったんだろう。」
見たことのない看板。気色の悪い草むらとぬるりと流れる川がどこまでも続く。ここであらためて道に迷った事を自覚した。
なぜ?昨日と同じ道を来たはずなのに!なぜ知らないところへ来てしまったの?早く帰りたい、帰りたいよー。
まるでパラレルワールドに迷い込んだような気分になり不安で涙が溢れた。鼻をたらしながら泣きじゃくって歩いていると、
「あたは、どこんしね?見かけん子ね。」
知らないばあちゃんから声を掛けられた。「?」何を言ってるのか全然わからない。でも、「しね」は聞き取れた。初対面のばあちゃんから、しねって言われた。怖い逃げたい。と思って怯えていると、
「よかけん、こっちゃん来なっせ。」
と、腕を掴まれ小さな商店に連れて行かれた。店の中は薄暗く、気味悪いことこの上なかった。すぐに、小学校に連絡してくれ、担任の先生が迎えに来てくれる事になった。待ってる間、見知らぬおばあちゃんや、店主やお客さんが話し掛けてくれたが、やはり何を言ってるのかよく分からなかったが、迷子になった私が珍しい存在だと言ってるのは薄々分かった。
しばらくすると先生が迎えに来てくれ、車で自宅まで送ってくれた。
車中で、下校時に迷子が出たのは前代未聞と言っていた。先生は、
「正門から帰ったの?それとも裏門?あなたの地区は正門から帰るべきなの。」とおっしゃった。何、正門裏門って?この日初めて学校には正門と裏門がある事を知った。
母は入学式の帰り、裏門からの道のりを教えてくれたのだ。
しかし私は正門から帰り、当然進むべき方向を間違った挙げ句この有り様なのだ。
私は小学校に上がる年の前の夏にこの土地に越してきた。
保育園は、バス送迎で、あまり道を歩く機会がなく土地勘がゼロだった。
その日の夕方から職員会議が開かれ、翌日には全校生徒が体育館に集められ、先生が、
「地区ごとに並べ。」
と指示。並ぶと、各々の地区ごとに色分けしたビニールテープを名札に貼り
「これからは、名札を見ただけで地区がわかるようにする。これで一斉下校や遠足も並びやすくなるし、迷子防止にもなる。」
と、説明があった。
元々、この小学校では運動会の時地区対抗戦を行う種目が多く、鉢巻きが色分けされていたので、新一年生以外は容易に色で地区を見分けられるのだ。
この日の下校時、連チャンで迷子になられては困ると思われたのか、先生が正門までついて来て、帰り道を丁寧過ぎるくらいに説明して下さった。そのお陰で、迷わず自宅に帰り着いた。